矩人(かねと)による、ゼルフェノア本部の不審物騒動から数時間後――
宇崎は司令室で隊員達に通信していた。
「爆弾騒動の犯人、捕まったぞ。解析班のおかげでスピード逮捕になったそうだ。脅迫メールが決め手になったんだと」
「室長、畝黒(うねぐろ)當麻は動いてないのか?どう見てもラスボスだろ」
御堂の音声がした。
「動いているだろよ。こいつ(矩人)も六道や常岡同様、捨て駒だったんだろうな」
「捨て駒ね〜…」
ゼノクでは蔦沼がようやく司令室へ戻ってきた。これで交渉何日目だ。
かなり長引いている。當麻はなぜか攻撃を仕掛けてこない。特務機関ゼルフェノアのトップが目の前にいる絶好のチャンスなのに、一切攻撃してこないなんて…。
西澤は疲れた様子の蔦沼を迎えた。
「長官、長丁場お疲れ様です。畝黒との交渉…難航してますね。
畝黒は帰りましたか」
蔦沼はようやく自分の席につく。秘書の南は蔦沼を労った。出されたお茶を飲む長官。
「畝黒は帰ったよ。狙いがようやくわかった。研究施設の地下5階・『Z-b2』だ。
しかし、なぜ攻撃してこない?ゼルフェノアを壊滅させるならトップの僕を襲撃するはずだ」
南がしれっと呟く。
「彼は直接攻撃しないで組織を壊滅させるつもりでは?ここ最近、怪人がピタリと出なくなったことと関係してそうですが」
言われてみれば怪人出現の報告はここ最近1件も上がってない。ある日を境に途絶えている。
その日とはイーディスこと、六道が鼎を廃ビルにて暴行・さらには火災を起こしたあの事件のことである。
それ以降、怪人はなぜか出現しなくなった。何かあるのか?
「とにかく長官は休んでください。明らかに疲れていますって」
「西澤、泉をここに呼んで欲しい。それから僕は休むことにするよ」
長官が憐鶴(れんかく)を呼ぶことなんて滅多にない。
少しして。
「なんでしょうか、蔦沼長官。私を呼ぶなんて」
司令室に来た憐鶴は戸惑いを見せていた。彼女の特殊請負人の黒い制服が際立っている。
呼ばれたのは彼女だけなため、仲間の苗代と赤羽はこの場にはいない。
「指揮系統についてちょっと話をね」
「あの…すいません長官。明らかに疲れていますよね…。何かあったんですか?」
憐鶴は蔦沼の異変に気づいた。明らかに疲弊している長官。
「畝黒當麻と交渉を続けているんだよ。もう3日目だ。毎回長丁場だから疲労がね…。
泉、一時的に指揮権を西澤から君に譲ることにするよ。このままではゼノク三役は疲弊してしまって使い物にならないから」
「し…指揮権を一時的に私にですか…?いえ…あの少し抵抗がありますよ。
以前、1度しかゼノク隊員の指揮はしていませんし。指揮の実績はないに等しいのに」
蔦沼はお茶を飲みつつ、糖分補給している。長引く交渉で相当疲れているのがわかる。
「司令の資格があるゼノク隊員は君だけだろ?今のところ。以前、君が機転を効かせたおかげでゼノクの被害は最小限で済んだ。
特殊請負人とか肩書きは関係ない。君は今のゼノクに必要な存在だ。泉…悩んでいるんだろう?請負人を辞めるかどうかで」
長官に見抜かれていたか…。
憐鶴はここずっと特殊請負人を続けるべきか、辞めるかで悩んでいる。
たまに任務中上の空になるため、仲間の2人がカバーする頻度も増えている。
苗代と赤羽もそんな悩んでいる憐鶴が気がかりだった。
「元々特殊請負人をするよう、指示したのは僕だ。もう…それはなしにしようと思う。
今のゼルフェノアは大きな転換点に来てるとは思わないか」
沈黙する憐鶴。気まずい空気が流れる。蔦沼は続けた。
「泉、君をそろそろ自由にしたいんだ。数年間…過酷な任務をさせてしまってすまなかった。
今すぐ決めなくてもいい。答えを出して欲しい。請負人を辞めるかどうか」
「まだ…わからないです…。指揮権の件はわかりました。長官…休んでくださいよ。顔色悪いです」
そう言うと、憐鶴は司令室を出た。
「南、僕はしばらくの間自室へ戻るよ。睡眠不足だ…仮眠したい」
「私も同行しますよ。司令室は西澤だけでも大丈夫ですから」
「…そうだね」
畝黒の狙いは交渉を長丁場にすることで、長官を疲弊させることも折り込んでいるのか?
南はそう感じた。わざと話を平行線のままにしているのではないかと。西澤も薄々感じていた。
ゼルフェノア本部――
宇崎はいちかと雑談中。
「室長、今なんて言いました?班長がどうたらって…」
「だーかーら、お前をこの件が解決したら班長にしようか迷ってんだって話してんの」
は…班長!?
分隊長には及ばないが、班長のひとりになるかもって唐突すぎるよ!?
この組織は少人数の隊員をまとめる班長・それより上が分隊長・さらに上が副隊長・そして隊長がいる。
班長に関しては複数いるのだが。
鼎は淡々と勉強中。
「きりゅさん…最近ずっと暇があればテキスト見てるけど、司令目指してるんだ…。知らなかった…」
ようやく顔を上げた鼎。顔の大火傷の跡を隠している白いベネチアンマスクで素顔は一切見えない。
どこか表情があるように見えるのは光のいたずらか。
「私は私が出来ることをしたいだけだよ。戦えなくなった今、出来ることは限られてはいるが」
きりゅさんは自分なりにゼルフェノアを変えようとしてるのかなぁ。
明らかにきりゅさんは戦えなくなってから、メキメキと指揮における実力をつけてる…って聞いた。
「班長の件、頭の片隅に入れておけよ」
宇崎が気を取り直して言った。
「室長、あたし何か実績あったっけ?」
いちかの天然発言に司令室は変な空気になる。
「お前は自覚はないが十分すごいことしてるんだよ。機転も効くし、ガッツもあるから行動も早い。
無意識に仕切ってる時、ないか?」
「…あ、あるかも…」
いちかは心当たりがあった。
「もう少し自信持て。いちかは意外と自信ない時あるよな…。大丈夫だから」
「そ…そうっすよね!あたしもっと自信持っていいんだよね」
「暴れるのはほどほどにしておけよ。和希がうるさいから」
「…?たいちょーうるさいかなぁ」
いちかはそう言うと司令室を元気よく出ていった。鼎が呟く。
「室長。司令資格試験は実技もあると聞いた。どういう内容なんだ?」
「…怪人出現におけるシミュレーション、指揮の実力を見極めるテストだよ。
今はAI駆使して対怪人データを組み合わせてシミュレーションしてるから、判断力と決断力がかなり問われる。しかも筆記試験よりも難しい」
「室長…実技の予習は可能か?」
宇崎は研究室の方向を示した。
「第3研究室に対怪人用のAIシミュレーターがある。実技の予習はそれですればいいよ。試験に出るシミュレーターよりも小型だが、高性能だ。
俺は鼎を応援するから全力でシミュレーションに付き合ってやる」
「…あ、ありがとう。室長は本当に司令を辞めるのか…?」
宇崎はあっけらかんとしていた。
「辞めるというか、俺は研究者として専念したいだけ。元々俺は研究者だし、今までが異常だったんだ。
研究者と司令の二足のわらじを履いてるんだから。だから組織には残るし、隊員のサポートは変わらない。安心せい」
鼎はそれを聞いて安心した。
室長は研究者に戻るだけなのか…。
畝黒家。
當麻は矩人がいないことに気づく。
あの騒動で捕まったと聞いたが本当だったのね。
しかし、ゼルフェノア長官・蔦沼は厄介な存在だな…。わざと長引かせて疲弊させることに成功しているが、これでは進まない。
…そろそろ眠らせていた怪人達を一斉に出現させましょうか。今まで出現させなかったのはこのためだ。
混乱に乗じてゼノク地下へと乗り込む。義手の長官と戦うのは必然か。
あの男…かなりの実力者だと聞いてるが、実力を見てみたい。相手が疲弊している今なら…!
當麻は首都圏に怪人をばらまいていた。ある合図で怪人は一斉に覚醒→人々を襲撃するように仕向けてある。
怪人の数はとにかく多い。ゼルフェノアは持久戦になるだろう。なんせ怪人の数は10体以上なんだから。
當麻はほくそ笑んだ。
この世界にいる怪人の中には少数だが、人間と共存しているいわゆる「いい怪人」もいる。
畝黒の脅威はその一切危害を加えないいい怪人にまで及び始めていた。
ある男性の人間態は首都圏の異変に気づく。
「周りが怪人だらけだよ…!一体何が起こるんだ!?眠っているようだが嫌な予感しかしない…!」
この時点で當麻がばらまいた多数の怪人に気づいているのは「いい怪人」のみ。
彼はこの異変をゼルフェノアに知らせようか迷っていた。
知らせたら自分が怪人だとバレてしまう。だが、今はそれどころじゃない。
ゼルフェノアは俺達「いい怪人」には一切何もしてないじゃないか。彼らは俺達を人間と同じように接してくれた。
眠りについている多数の怪人が覚醒したら…首都圏は地獄絵図と化す。
Xデーは近い。
第11話へ。