六道による、一方的な恨みで鼎を狙った廃ビルでの暴行事件から数週間後。怪我から回復した鼎は復帰。
この間、怪人の出現は一切なく気味の悪い状態。
群馬県某町ゼノク――
「長官、それ本気で言ってるんですか!?相手は畝黒(うねぐろ)當麻ですよ!?
話…通じますかねぇ…。あいつ、異形なんでしょ」
西澤は蔦沼に迫る。蔦沼はマイペースに答える。
「當麻は話が通じる相手だとは思うよ?交渉を持ちかけてきた時点で、彼の狙いはゼノクでしょうよ。ようやく本性出してきたか」
「あぁ…なるほどねって……ここ(ゼノク)を狙っていたのかよ!回りくどいやり方だな!!」
西澤、思わずツッコミを入れる。蔦沼の秘書の南はそれを見て苦笑いしてる。あの堅物の南が笑ってるよー…。珍しいこともあるんだな。
「六道と常岡は駒なわけだったんですね」
「そ。捨て駒として當麻に利用されたのさ。おかげで紀柳院は巻き添えを喰らってしまったのが…。
彼女は既に復帰しているよ。入院中、司令になりたいのかずっと勉強していたらしいし。
紀柳院を司令補佐にして正解だったようだ。既定路線なんだけどね。紀柳院が司令候補なのは」
「あの超難関な司令資格試験…合格率かなり低いですよねぇ。対象はうちの隊員だけだからなおさら低い代物だ。そう考えると憐鶴(れんかく)はとんでもないやつですよ。
彼女…司令資格あるのになんだかもったいない気がしますが」
「憐鶴が特殊請負人を辞めるかどうかは彼女が決めることだよ。最近精神的にかなり来ていたみたいだし…選択の時がそろそろ迫っているかもね。
怪人専門とはいっても、闇の執行人は精神的にキツいとは聞いている。そろそろ…彼女を自由にしてもいいと思ってる。数年間裏稼業をやらせていたのは僕なんだから」
選択の時…か。この組織は少しずつ転換点に来ているんだろうか。そんな感じがする。
西澤は上の空になりかけていた。
最近長官はいつもの勢いを無くしつつある。これは何かのフラグなんだろうか…?
長官は何かしら決断しようとしているのか?まだわからない。南もわからないと言っていた。
ゼルフェノア本部――
「鼎、復帰おめでとう。その仮面の使い心地はどうだ?慣れたか?アップデート版」
宇崎は鼎をチラチラ見ている。鼎は司令室の彼女の席についた。相変わらず落ち着いてるな〜。
「今までのものと感覚はほとんど変わらないよ。このレンズの自動ピント補正のおかげで目の負荷も軽減されている。
…室長、ありがとう」
鼎が素直にありがとうって言った…!
宇崎は内心喜んだ。不器用な彼女は素直にお礼が言えないことが多かっただけに、これは大きな変化である。
「私が入院中何かしらありましたか」
「なーんにもない。なさすぎて気味悪いくらい。怪人出現も一切なし。畝黒は一体何考えてんだか…。
警察が畝黒コーポレーションに家宅捜索入ったくらいかねぇ。當麻が常岡に怪人作らせた証拠を警察が掴んだからねぇ。うちの諜報員のおかげだがな〜」
警察が動いたのか。
宇崎は鼎をちらっと見つつ、なんとなく聞いた。
「…司令になりたいのか?」
「……考えが変わった。ゼルフェノアはもう少し市民に対して風通しを良くするべきだと思っている。オープンになるべきだ。
私がそれを実現出来るかはわからないが…私には頼れる仲間もいるから…。もう独りじゃない」
「試験は超難関だ。去年は合格者ゼロ。試験は年2回あるが有事だと1回になっちまうからさらに難しいぞ。合格率は気象予報士よりも難関。国家資格レベルだぞ。司令資格があるといっても、必ずしも司令になれるとは限らないし」
「憐鶴はそれに受かってるって…あいつ、やっぱりただ者ではないな…」
「憐鶴…あー、あいつか。執行人の。緊急時は指揮権が西澤から彼女に移行出来るようにしているぞ。
ゼノクではそうしているらしい」
畝黒家。矩人(かねと)は當麻に釘を刺されていた。
「當麻様、どういう風の吹き回しですか!?最後のチャンスは!?
蔦沼と交渉するってどういうわけ!?説明して下さいよ…」
當麻は冷たい視線を向けた。
「お前はもういらないってことだよ。好きにしな。
ゼルフェノアに打撃を与えられたら…まぁ考えてやってもいい」
ゼルフェノアに打撃…。
當麻はどこかへ出かけるようだ。
「當麻様、どこへ!?」
「蔦沼がいる『ゼノク』に用があるんでねぇ。ゼルフェノアに与える打撃…楽しみにしているよ。交渉は1日では終わらないかもな。蔦沼次第だけど」
そう言うと當麻は行ってしまった。残された矩人は焦りを見せる。
俺は駒だったのか…!
起死回生のためならゼルフェノアに打撃を与えるしか…!
数日後。ゼルフェノア本部に不審な段ボール箱が届く。差出人不明。
これは矩人が仕掛けたものだった。
「室長、明らかに怪しい段ボールが届いているが…チェックしなくていいのか?」
鼎はいつもよりも離れた場所で聞いている。場所はゼルフェノア本部・荷物搬入口。…の巨大な倉庫。
普段はトラックがいる場所だが今の時間帯はいない。
「金属探知機かけるから離れてろ。箱は館内に入れたらダメだ。
御堂、警察に通報出来るようにしておけ。彩音は隊員を避難出来るようにしておけよ」
「了解」
「了解しました。鼎は離れてて!」
「…既に離れているんだが…」
宇崎は慎重に金属探知機をかけていく。しばらくすると反応が。
「御堂、警察に通報!不審物は爆発物かもしれない!彩音は避難指示よろしく!」
御堂は慌ただしい状況の中、警察に通報。彩音は本館にいる隊員達を避難させている。
「いちかも避難手伝って!」
「あやねえラジャーっす」
迅速に進む隊員の避難。
ゼルフェノア本部に不審物というニュースは周囲を騒然とさせた。
警察は爆弾処理班も派遣。本部は物々しい雰囲気に包まれる。緊迫した本部。
矩人は某所でニヤニヤしている。
「予想通りの展開だね〜。警察に爆弾処理班出動か。さーてと、起動させますか。滅べよ、ゼルフェノア」
矩人はあるボタンを押した。箱の中に入っているものは静かに起動し始める。
「不審物から音が聞こえてます。どうしますか」
爆弾処理班の1人が聞いた。
「迅速に不審物を運び出してくれ。宇崎司令、演習場で処理をしてもよろしいでしょうか」
「構わないよ。誰だよこんなもん送ったやつは…」
矩人はどこからかライブ映像を見ている。
「もう少ししたら面白いものが見れるぞ〜」
警察の爆弾処理班は箱の中身が手製の爆弾だとわかるなり、早急に処理に当たるが矩人はこれにトラップを仕掛けていた。
これにより、爆弾処理班は苦戦を強いられることに。
「爆弾処理班…なんか苦戦している気がするっすよ。…何かあったのかな」
いちかは心配そうにしている。鼎もこれが引っ掛かっていた。
「いちかもそう思うのか。あの不審物…トラップか何か仕掛けてあるような気がするんだよ。簡単に解除出来ないような」
「畝黒ならやりそうっす」
ゼノクでは蔦沼と當麻の交渉が長引いていた。気づけば数日経っている。互いに譲らない。
「君の狙いは地下なんだろ?大人しく吐けばいいのに」
蔦沼は見抜いていた。
「蔦沼長官…本部の騒動無視していいんですか?組織の信頼に関わりますよ」
…ま、あれは矩人が仕掛けたんだろうけど。
「今頃うちの隊員が動いてるさ。ただ事じゃないから彼らは動くはず」
「信頼しているんですね〜。…地下のあの例の部屋…見せてくれませんか」
「最高機密にアクセスさせるわけにはいかないね」
蔦沼は「Z-b2」のことだと察した。研究施設の地下5階にある、限られた人間しか行けない部屋のことだ。
この部屋には「始まりの怪人」「始祖」とも呼ばれる怪人が封印され、保管されてある。
當麻は知っていたのか…。
その頃のゼルフェノア本部。
「室長、俺様子見てくるわ!」
「和希!やめとけ!処理班に任せなさいな」
「あの箱の中身…俺たちじゃないと解除出来ないんじゃねぇのか!?警察が苦戦ってよほどだぞ!?」
「お前は警察をもう少し信用しなさいな」
「室長は何呑気なこと言ってんだよ!?ここ(本部)に脅迫メールが来たことを忘れたのか!?爆破予告!
匿名だが、解析班は畝黒の手下が送信したと既に分析したぞ」
「…室長、ここは和希達精鋭に向かわせるべきでは?」
「鼎!?お前まで何言ってんだよ…」
宇崎、予想外の鼎の発言に驚きを見せる。
「畝黒の目的はゼルフェノアだろう。ならば『わざと』乗るのもありではないか?」
「リスクを考えろって!爆発したら意味ないだろうが!!死ぬぞ!!」
宇崎は制止しようとしたが既に遅く、御堂と桐谷は演習場にいた。
あいつらバカにも程がある…。なんでまた鼎まであんなことを言ったんだよ。
リスクありすぎなのに。
「爆弾処理班の皆さん、俺と桐谷さんにも加勢させて下さい。
この箱の中身にはカラクリがある。もう見抜いてんだわ」
「は、はぁ…」
「桐谷さん、音で判別出来る?」
「これは…悪質な嫌がらせですね。爆弾ではありませんよ。ほら」
桐谷は箱を開けた。箱の中身は手製の爆弾に見せかけた別物だが明らかに怪しい物体。
「…何…これ」
「…さぁ」
矩人はうっかり箱の中身を間違えて送ってしまったらしい。
「爆弾じゃないだと!?じゃあ本物の爆弾は…」
矩人は2つの段ボールをゼルフェノアの本部とゼノクに送っていた。
つまり、本物の爆弾はゼノクにあるわけで。
そんなゼノクでは二階堂が淡々と処理していた。
「二階堂…いくら右腕が義手だからって、爆弾処理するか!?あっさり処理してんし。そんなスキルあったの!?」
上総(かずさ)は引いている。
「これは戦闘兼用なんです。多少の爆発では壊れませんから」
どこから来るんだよ…その自信はよ。
しかし、二階堂も変わったよな〜。二階堂と腐れ縁の上総は少し複雑そう。
矩人は本部に打撃を与えることが出来ずに失敗。
蔦沼と當麻の交渉は難航。
上層部がそんなことになっているにもかかわらず、怪人がまるっきり出現しない異様な状況。
當麻をどうするかは蔦沼次第となる。