「前から思っていたんだけど・・・」
「・・・」
「アンタと一緒にいるお姉さん、変だよね。」
春雨と鬼兵隊の少人数で行われた会合を終えた後、俺は高杉に話し掛けた。
「ククッ・・・」
「そこら辺にいるような普通の女じゃないね。変だけど面白いと思ったよ。」
小さく笑う高杉と一緒に俺も笑いながら、数時間前にお姉さんと話した内容を思い出す。
会合が始まるまでの空いた時間、暇だった俺は、お姉さんの部屋に来ていた。ここに行けば茶菓子も出てくるし、お姉さんは普通に接してくれる。何よりお姉さんに興味があった。
俺が言うのもなんだけど、お姉さんは張り付けたような笑顔で笑う。笑顔だけじゃなくて、全て作られているように見える表情に、俺は色んな話題を振ってはお姉さんの表情を見ていた。
もう何回もここに来ては色んな話をしているけど、ニコニコと笑って返されるだけ。それともこれが本当のお姉さんなんだろうか?そんなことを思い始めた時、『何でお姉さんは高杉と行動しているのか?』と言う話題になった時だ。あまり深くは話してくれなかったけど、お姉さんにとって高杉という男がどういう存在か少し分かった俺は
「じゃあ高杉がもしお姉さんの前から居なくなったら、お姉さんはどうなるのかな?」
意地悪く聞いた俺に、お姉さんは「そうだなー・・・」と窓の方へ目を向けながら
「灰色に・・・」
「?」
「目に映る全てが・・・また、灰色に・・・なる。」
外に目を向けたお姉さんは、何処か遠くを見ているようで。傍から見たらただ外を見てるように見える。けど、違う。お姉さんは今、何を見ているんだろうか?それに雰囲気もいつもと違う気がする。
そんなことを思いながら、俺は『全てが灰色に見えてしまう世界』を想像した。
「よく分からないけど、でもそれってお姉さんにとっては、」
「・・・」
「死んだも同然、になるのかな?」
楽しそうに笑いながら言った俺の言葉に、こちらを見たお姉さんは
「そうだね。」
「・・・」
少し悲しそうに笑ったような、気がした。
無邪気に発した俺の言葉に、てっきりいつもと同じ感じで、あの作られた表情で言葉が返ってくるかと思っていたのに。初めてお姉さんの、本当の表情を見た気がした。何だ、やっぱりそういう表情もするんだね。
俺は黙ってその笑顔を見つめた後再び笑みを浮かべ、同時に「もっと見たい」と思った。
主に恐怖で顔を歪めたり、泣いたり、怒ったりする顔を。
さて、どうしようか?
お姉さんが出してくれた団子を食べながら考える。
普通の女が怯えるようなことをしても、お姉さんの前では無意味だ。いつもの笑顔で笑われて終わりだろう。そういえばこの間もニコニコと笑われて終わっちゃったな。
「もし俺が高杉を殺しちゃったら怒る?」
「怒る、かなぁ。」
「テキトーな返事だね。」
「だって、」
お姉さんは言葉を少し切った後、いつもの雰囲気に戻って
「晋助が貴方に負けるところ、想像出来ない。」
そう笑いながら俺を見てきた。
ふぅん、そうきたか。
「許さない」とか「やめて」とか、少しぐらい表情崩してくれないかなー?それとも少し本気に言ったら表情を変えるのかな?
団子を口の中でむぐむぐと噛み、「やってみないと分からないよ?」と言う俺に、お姉さんは表情を崩すことなくお茶を飲んでいる。
つまんないなー。
「じゃあさ、高杉はどうかな?」
「?」
「高杉は・・・お姉さんが死んだら、どうなるかな?」
ごくん、と団子を飲み込んだ後、今度は少し殺気を出しつつ、俺は四つん這いでお姉さんにゆっくりと近付いた。
「怒り狂うのかな?それとも悲しむかな?」
そんなことを言い、笑いながら近付くも、お姉さんは飲んでいたお茶を置き、無言のまま。
そんなお姉さんを前に、俺は目を開き視線を合わせ、そして右手でお姉さんの首に手を持っていく。
「どうなるか見てみたいから、お姉さんのこと殺してもいい?」
「見たいものは見れないと思うよ?」
「何回も言うけど、やってみないと分からないよね?」
「じゃあ、」
お姉さんは俺の右手に自分の手を重ねるようにして置き、そしていつものように笑いながら
「殺してみる?」
「・・・」
殺気全開の俺を前にしてもお姉さんは何も変わらなかった。それどころかこの状況で動じないお姉さんに少しぞくぞくした。
それと同時に何をやっても無駄だな、と思った俺は首から手をどけてゴロンとお姉さんの膝の上に頭を預けた。
「あーあ、つまんないな。」
「殺さないの?」
「殺さないよ。だって俺達今は仲間でしょ?」
「そうだね。」
「それに助けられた恩もあるしね。でもいつかは俺、高杉とも殺り合いたいなー。」
「そっか。」
「高杉がいなくなったらお姉さんは静かに壊れそうだね。そんなお姉さんを見てみたいけど、やっぱ高杉がどうなるか気になるから、高杉と戦う時は・・・」
「・・・」
「君を殺してから挑むとするよ。」
「ふふ、じゃあどんな感じだったか地獄で教えてね。」
「はは、お姉さんの中では俺が負けるの決定してるんだね。」
俺らしくないけど、嫌いじゃないな、今のこの空間。
お姉さんと話してたら会合に出るのが何だかめんどくさくなってきちゃったな。全部阿伏兎に任せて、このままここでゆっくりしちゃおっかなー。
そう思った瞬間、部屋の襖が空いた。
「団長ー、もうすぐ会合の時間だ。」
「ねー阿伏兎、今回は全部お前に任せちゃっても良い?」
お姉さんの腰に抱きつき駄々をこねる俺に対し「駄目に決まってんだろこのすっとこどっこい。」と言いながら部屋に入ってきた。
「お嬢さんも何とか言ってやってくれ。」
「そうですね・・・私もこの後やらないといけないことがあるから、」
「えー。」
「そういうことだ。毎回すまねぇな、お嬢さん。」
「いえいえ、そんなことはないですよ。ただ、阿伏兎さんは毎回大変そうですね。」
二人の会話を暫し聞いた後、よっこらせ、と仕方なくお姉さんの膝の上から退いた。そんな俺を見て阿伏兎はやれやれといった感じで部屋を出て行き、俺も「また今度来るよ。」とお姉さんにそう言い残して、部屋を後にした。
もしもの話をした時は少し悲しい表情をして、俺の殺気全開に対し、これから殺られるかもしれないって時には平然と笑っている。
俺の本気が伝わらなかったのか、それとも自分の命をどこか他人事のように思っているのか分からないけど・・・
「お姉さんは自分が殺される恐怖よりも、大切なものを失う事のほうが怖いみたいだね。」
「・・・」
「アンタはさ、お姉さんが死んだらどうなるの?」
「さぁな・・・考えたことねぇから分からねぇな。」
「ふーん。お姉さんもそうだけど、アンタも全然表情とか変わらないよね。」
「・・・」
「それとも、二人きりの時は違うのかな?」
「てめぇの想像にお任せするぜ。」
うーん。
少なくともお姉さんは違うんだろうなー。俺の前では見せない表情を沢山出していそうだ。
「そういえば前にアンタがお姉さんのこと良い女って言っていたけど・・・」
「・・・」
「確かに、悪くはないかもね。」
「ククッ・・・そうかい。」